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「こんばんは。」
つけっぱなしの店の明かりの向こう。
磨りガラスごしに、人影と獣の影が映る。
柊平は持ってきた文箱をコタツの上に置き、立て付けの悪い戸を開けた。
「何しにきたのさ。今日は予約はないだろ?」
開口一番悪態をついたのは夜魅だ。
「相変わらず態度の悪い化け猫やな。」
コマも負けず劣らずのしかめっ面で悪態をつく。
相変わらず仲が悪い。
すりガラスに映っていたのは、五百蔵悠真と白犬のコマだ。
「何か緊急か?」
悠真とコマの方から訪ねてくるのは、百鬼夜行路への案内が必要な妖怪がいる時が主になる。
だが、それはいつも夜魅を通して「予約」という形がとられることになっているらしい。
しかし、今日はその予定がないと夜魅が言っている。
「緊急ではありませんが、代理で来ました。」
答えた悠真の背後で、冬の夜風がザアッと音を立てる。
北棟での探し物せいで柊平の体は冷えきっているが、それでも暗い夜風に余計な寒さを覚えた。
「入れるか?」
百鬼の家は、撫で斬りと鏡子の作る境界で入るものを制限する。
「悠真は人間だから心配ないよ。」
「コマは?」
「先代の時はなんともなかったけどな。」
「なら、冷えるから中へ。」
柊平は、悠真とコマを招き入れると、古い鍵をキュルキュルと回して閉めた。
パリパリッ。
パシッ!
ハッとして振り返ると、コマが座敷に上がれないでいる。
「夜魅。」
タヌキの時は、座敷に上がれなかったがさっきのような接触音もなかった。
「コマは…、こんなだけど結構力の強い奴だからね。」
「こんなってなんやねん。褒めてんのか、けなしてんのかどっちや。」
先代、つまり壮大朗の代では普通の客だった者が座敷に上がれない。
百鬼夜行路を通る予定のないものであってもだ。
「柊平さん?」
憮然とするコマを座敷の上がり口で宥めながら、悠真が店の戸口に立ったままの柊平を見上げる。
「コマ、悪いな。今日はそこで勘弁してくれるか。」
柊平はコマのそばで片膝を付き、少し硬い毛並みを撫でて言う。
「今回だけやで、百鬼の若様。」
すまなそうな柊平に、コマは「悠真の用事もあるしな」と付け加えて、主のそばに控えるように店の土間にスッと座った。
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