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「はぁ?」
柊平のすっとんきょうな声が上がったのは、それからすぐだった。
「オレが話を聞いたのは、今日の夕方だぞ。」
「話自体は、ずいぶん前からあったそうです。それを、八坂のおばさんが首をたてに振らなかっただけで。」
コタツの熱が、冷えきった爪先にじんわり染みる。
それなのに寒さが消えないのは、悠真の話に心が冷えていくからか。
悠真の言う"八坂のおばさん"とは、今日の夕方、椿の木の下で話をした近所の老婦人のことだ。
悠真が言うには、彼女があの家を出るのは明日。
明後日には、家の取り壊しが始まると言う。
「それにしても、ずいぶん詳しいな。」
近所の柊平が知らないことを知っているほど、悠真の家はこの近くではないはずだ。
それに、例え近所であったとしても、こんな夜に他人の家庭事情を知るのは難しい。
「だから、代理で来たと言ったんです。息子さん夫婦が八坂のおばさんを訪ねてきたのは、柊平さんと別れた少し後だそうです。彼女は慌てたけれど、柊平さんとは話をしなかったし、そもそも百鬼の家には入れないだろうと。」
「それでボクらが来たんや。」
店の土間でコマが胸を張る。
「いや、それでの意味が分かんないし。」
夜魅は呆れたように座敷に上がれない犬を見下ろした。
「なんやこの位置関係腹立つな。」
ブツブツ言っているコマに、夜魅はフンッと鼻を鳴らす。
「夜魅、やめろ。なぁ、悠真。彼女ってもしかして。」
手近にあった夜魅のしっぽをひっぱって諌め、柊平は悠真に向き直る。
「はい。八坂家の椿の木です。」
悠真はコートを着たまま座敷に座っている。
凛として話すが、少し警戒しているような風情だ。
「あの木…、話せるならなんで…。」
椿の木の少女は、柊平と話さないどころか、目も合わせなかった。
「柊平さんと一緒にいた者が怖かった、と言っていました。」
「一緒に…?」
今日、あそこへ立ち寄ったのは自分一人だ。
「夜魅のことじゃないんですか?」
「ボクじゃないよ。」
夜魅の言葉に、悠真とコマが顔を見合わせる。
柊平は、コタツの上に置いた紅い漆の箱に目を落とした。
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