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柊平は、欄間に引っ掛けたハンガーから、グレーのパーカーを掴む。
すりガラスの古い引き戸をひいて出た住宅街は、そろそろ寝静まる時刻だ。
店の前は、生活道路にしては広い。
古い煉瓦積みの水路は割と深く、夜に見ると黒く沈んで底は見えない。
そんな暗い町並みで、ぽつりぽつりと灯る街灯に、少年二人と獣二匹の影が長く伸びた。
八坂さんの家は、ほんの目と鼻の先。
彼岸花の時の空き地の隣にある。
「柊平、よく見て。」
家の前までは行かず、少し距離をとった場所から夜魅が言った。
悠真が、玄関にかかっている大きな枝を目で指す。
そこからは、光の糸のようなものが伸びている。
糸は一端地面に降り、そこから再び根をはるかのように家の周りを囲んでいた。
「あの枝、夕方に八坂のおばさんが言ってた…。」
木が泣くのよ。
老婦人の困ったような笑顔と、寂しそうな声が思い出される。
光の糸は、淡く青くぼんやりとした光を放っていた。
"見る気"がなければ、普通は見えないモノだろう。
「話を聞いた時点で、昼間だろうとあれが見えるようになるといいんだけどね。」
夜魅がぽつりと言う。
「あれは?」
"木が泣いている"と八坂婦人は言ったが、柊平の目には"家を守っている"ように見える。
「八坂のばぁちゃんが見たのは、あれかもね。」
色んな条件が重なると、柊平や悠真みたいな特殊な家の生まれでなくとも、本来見えないようなものを見ることがある。
その条件が何かは、その時々で異なりはするが、柊平は少し切ない感じがした。
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