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「こらまた…えらい粋やな。若様。」
予定の時間より少し早く訪ねてきたコマが、柊平を見上げて大袈裟に言う。
「時枝の被衣だよ。一瞬でも姿を誤魔化すにはうってつけだろ?」
少しばかり夜魅が自慢げだが、柊平は渋々といった様子だ。
柊平は、いつものグレーのパーカーにデニムという出で立ちに、空色の被衣の袖を腰で結び、撫で斬りをそこに差していた。
鞘を手放さないため。
撫で斬りを両手で使うため。
そして、一時、椿を切り離した柊平を隠すために。
古くは、高貴な女性が顔を隠すために被った薄衣。
一見、現代では使い道のないそれらは、何かしらの理由をもって百鬼の家にある。
「夜魅、そろそろ行くぞ。」
言うと、柊平は火種にふぅっと息を吹きかける。
それに明かりが灯るのを見ると、夜魅は提灯を咥えた。
柊平の手から、火種が提灯へ落とされる。
その明かりは、沈むことなく浮かぶことなく提灯の中に留まった。
白い犬を先頭に、暗い夜道へ踏み出すと、ぼんやりと3つの影が映る。
昨夜話した椿の木と少し離れたところに、紺のダウンコートを着た悠真の姿が見えた。
八坂家は、木造平屋建ての古い家。
悠真は見上げるでもないが、八坂家の全体を眺めるかのように視線を高く投げている。
「何を見てるんだ?」
「広さを。柊平さん、今夜はずいぶん"らしい"格好ですね。」
提灯を持った黒い猫又を従えた、モダン和装のような姿の柊平は、鬼斬りの家の若様という肩書きがよく似合う。
「足りないものを補ったらこうなるんだと。」
白く煙るため息でそう答えた柊平に、悠真は「あぁ。」と納得したような短い返事をこぼした。
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