40人が本棚に入れています
本棚に追加
「八坂婦人は、今日の夕方に家を出たそうです。」
悠真の言葉に、柊平は頷く。
見送りをするほど親しくはない。
ただ、引っ越しのあわただしい声を、少し複雑な思いで店の中で聞いていた。
「先に言っとくと、彼岸花の時みたいにすんなりはいかないかもしれない。」
ハッキリとした声で柊平が言う。
「刀の下緒が変わったからですか?」
柊平が腰に差した撫で斬りの下緒は、暗い夜道にあっても、わずかな月明かりをチラチラと白く反射している。
「たぶん全部そのせいなんだけど…。」
柊平は、そこで言葉をきり、悠真とその側に控えるコマを見る。
夜魅は提灯を咥えているため喋らないが、ちらりと百鬼家の方を視線で示した。
"この刀には、何もいないのか。"
その明確な答えを、誰からも聞けてはいない。
ただ、椿が怖いものが柊平と一緒にいたと言ったこと。
"やらないという選択肢もある"
と夜魅が言った時に感じた一瞬の気配。
それは、子供の頃から感じていた北棟からの雰囲気に似ていた。
今でこそ分かることだが、それは撫で斬りの気配だ。
それが、"刀"以外からも感じられるということの意味が、壮大朗の言葉と重なる。
「まぁ、椿を切り離した後のことはボクらに任せとき。な。悠真。」
「うん、まぁ。柊平さんは、彼女を無事に百鬼夜行路へ通してあげてください。」
約束の時刻。
椿の木の少女が、八坂家の門扉の前に姿を現す。
柊平は、コマと悠真、そして、足元の夜魅に頷いた。
最初のコメントを投稿しよう!