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自分の心臓の音が、やけに大きく聴こえる。 緊張で浅くなった呼吸。 吐く息も薄く煙るのみだ。 動かない右腕。 痛むほど強く握るのは、尖った爪の、大きな見知らぬ手。 それが"人"のものではないことは、もう柊平には分かる。 藤色の着物の袖が見える。 しかし、その手は柊平の背後から伸びており、姿を見ることは出来ない。 目の前で青ざめる、椿の木の少女。 自分の腕を掴んでいるのが、彼女の怖いもの。 一方、悠真とコマが異変に気付いたのも、柊平とほぼ同時だった。 「柊平さんっ!」 「あかんっ!」 思わず駆け寄ろうとした悠真のコートの裾を、コマが引いた。 「あれは付喪神やない。そこらにおる妖怪とも違う。」 「そのくらい分かってる!」 「ほな、冷静になれ。悠真の今日の役目は何や。」 コマの言葉に、悠真は左手に持った生成色の手拭いを握りしめる。 空になった八坂家の場所を、厄の溜まり場にしないこと。 その手段として選んだのは"仮染め"。 今朝から調べたところによると、この土地は次の所有者が決まっていた。 しばらく土地を休めたら、新しい建物が建設されることになっている。 なら、厄を避けるのは、その建物が立つまでの短期間でいい。 だが、その"仮染め"を使うには、染めるものがすべて映る場所に居る必要があった。 今回は、今立っているこの辺り。 そして、本体と仮染めを入れ替えるのは、本体が離れた一瞬のタイミング。 「百鬼の若さんがボンクラやない、ゆうたの悠真やろ?」 悠真は、大きく息をつく。 さっきの柊平の話が本当ならば、確かに自分達は見守る方がいい。 ただ、もしもの時は…。 緊張した面持ちの悠真とコマは、生活道路にしては広い道の向こう側をじっと見つめる。 柊平を覆うように現れた人物の長い銀髪が、細い月の光でさえ鋭く反射していた。
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