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悠真の声が聴こえたが、体が固まってしまったかのように、振り向くことは叶わなかった。
ふいに、足元からトサッと軽い音が聴こえたかと思うと、黒い2本のしっぽがだらりと道に伸びているのが視界の端に入った。
「夜魅!」
絞り出すように名前を呼ぶが、いつもの面倒臭そうな返事が帰ってこない。
「死んではおらん。少し黙っておれ。」
頭の上から降ってきた声は、静かに淡々と、しかし有無を言わせぬ圧力があった。
「おぬし、ここを離れて何処へ行く?」
その声は、青い顔で後ずさる椿の木の少女に訊く。
「ひ、百鬼夜行へ…。」
震える声で答える少女に、頭の上の声が嗤う気配がする。
「我を誤魔化せると思っているのか。」
そう、冷たく言ったかと思うと、柊平の右腕を掴んだ手に、力がかかった。
掴まれた腕がさらに痛む。
だが、その強い痛みより、刀を握った手が振り下ろされることに柊平は叫んだ。
その先は、椿と土地を繋ぐ糸じゃない。
椿の木の少女。
「やめろ!」
柊平の声が短く響く。
雷獣の時同様、切っ先は寸でのところで椿の木の少女を避け、空を切る。
柊平は体勢が変わった勢いを助力に、右腕を掴む大きな手を力任せにひきはがした。
厚手のパーカーの下で骨が軋む。
しかし、それに構わず椿の木を背に庇い振り返った。
構え直した切っ先の向こうに見たのは、狩衣を着た大きな人影。
細い月の逆光に、長い銀髪の輪郭が浮かぶ。
表情はよく見えないが、どこかで見たような金色の瞳が、冷たくこちらを見下ろしていた。
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