40人が本棚に入れています
本棚に追加
窓を叩く風の音に目が覚めたのは、夕方近くのことだった。
起き抜けのジャージのまま、店の入口に架かった短いコンクリートの橋に出る。
数軒先のはす向かい。
八坂家の椿の木は、家の取り壊しのために取り払われていた。
「事故もケガ人もなかったよ。」
通りを渡ってきた夜魅が、柊平の足元をすり抜けて店に入っていく。
「一日中見てたのか?」
店に入ってガラガラと戸を閉めると、西陽の差す土間に濃い影が落ちる。
「暇だったからね。」
そっけない、へそ曲がりな返事。
いつも通りのそれに、柊平は少しホッとしたように笑う。
「何笑ってんのさ。」
「いや、何でもない。」
妖怪というのは、どうにもよく分からない存在だが、とりあえずはいつも通りの姿に安心する。
今回のことだって、一人では解決しなかった。
夜魅がいて、悠真とコマがいて。
自分の力不足は、どうしたって悔しい。
それでも皆のおかげで得られたこれは、今の自分には最良の結果だろう。
少し開けられたままの四畳半の雪見障子から、中庭の華奢な紅葉の木が見える。
その木のごく近く。
丁寧に植えられた小さな椿の枝が、降り始めた名残雪に、よく映えていた。
最初のコメントを投稿しよう!