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「竹乃屋の羊羹かぁ。ボクには買ってきてくれたことないよね。」
東の廊下を歩きながら、少し拗ねたような夜魅が言う。
竹乃屋は、甘すぎないあんこや惜しげなく使われた厳選素材がウリの、ローカルだが老舗の和菓子屋だ。
「夜魅も和菓子が好きだったっけ?」
そんな話は聞いたことがない。
首をかしげながら北棟に入ると、夜魅は試しの襖の前で振り向いた。
「ボクが好きかどうかとかじゃなくて、気持ちの問題。」
この黒猫の猫又、確かオスだったと思うが、なにやら乙女のような発言だ。
「気持ちで腹はふくれないだろ。」
身も蓋もない。
「柊平、モテないだろ。」
夜魅は尻尾をバシバシ振りながら、冷ややかな目で柊平を見る。
「なんでそうなるんだ。」
なんとなくカチンときて、柊平は夜魅の冷ややかな目を睨み返す。
柊平は気概はあるが、特別スポーツをするというわけでもなく、どこにでもいるような少年という印象だった。
ただ、店を預かり、撫で斬りを扱うようになってからは、少しふんいきが変わってきていた。
立ち姿が凛としており、涼しげな風貌が少なからず人目をひく。
夜魅は分かっているが、柊平本人はそのことに気付いていない。
負けず嫌いな性格は相変わらずなので、夜魅にしてみれば面白いことに変わりはない。
「ちょっと、うるさいわね。じゃれるなら向こうでやりなさいよ。」
柊平と夜魅のくだらない攻防に、試しの襖の奥から、鈴の音のような愛らしい声が辛辣な言葉を投げてよこした。
「鏡子、気になるなら出てくればいいじゃん。」
とたんに夜魅の矛先は鏡子へ向く。
夜魅は鏡子をこの部屋から出したいらしいが、これはうまくいっていない。
「鏡子、入っていいか?」
柊平は夜魅を咎めるように目配せする。
機嫌を損ねたら、中へ入れて貰えないかもしれない。
そうなれば、ここ数日のやりとりも意味がなくなってしまう。
「何か用?」
相変わらずのツンとした返事だが、訊ねてくるだけマシである。
「ちょっと相談があるんだ。竹乃屋の羊羹も買ってきたから、食べながら話せないかと思って。」
しばらく間があったが、試しの襖の向こうから聞こえたのは、了承だった。
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