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「柊平。」 鞄に手をかけた孫を、壮大朗は極力平静に呼び止めた。 「何?」 「妖怪は、まれに人の姿をしとることがある。それは力の強いものであることが多い。己と近い姿の者に、人は惑わされやすい。」 壮大朗の言葉に、柊平は少し考えて頷く。 夜魅や鏡子が、人の姿の妖怪は怖いとよく言っている。 「気をつけて見るようにするよ。」 柊平は少し笑顔を作ると、病院を後にした。 柊平を見送ると、壮大朗は濃い影を落とす遮光カーテンに目をやる。 「おぬしも帰らんか。紐が切れたくらいでフラフラしおって。」 まだ春には程遠く、病室の窓は開いていない。 が、ため息まじりのその言葉に、風もないのに重いカーテンがふわりと揺れた。 「気付いていたのなら、若君にも教えてやればよいのに。」 病院には到底不似合いな、不躾な笑みを含んだ声。 窓際に立つ影には、2本の角がある。 「姿を見せる気もないくせに、何を言っとる。」 「その気になればいつでも見える。現に、主導権を奪われた気配は感じたのだろう?足りないのは自覚であろうよ。」 くつくつと影が嗤う。 「わざわざそんなことを言いに来たのか。あまりフラフラしておると帰る場所が無くなるぞ。だいたい、ここはお前が居ていい場所ではない。」 廊下に響くいつもより多い咳き込みや、走り回るナースを見やり、壮大朗は手で払うような仕草をする。 すると影は、嗤う気配だけ残してさぁっと消えた。 「さて、ぼちぼち本番かもしれんのう。」 壮大朗は呑気な声で呟くと、疲れたようにベッドに体をあずけた。
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