40人が本棚に入れています
本棚に追加
「柊平。」
鞄に手をかけた孫を、壮大朗は極力平静に呼び止めた。
「何?」
「妖怪は、まれに人の姿をしとることがある。それは力の強いものであることが多い。己と近い姿の者に、人は惑わされやすい。」
壮大朗の言葉に、柊平は少し考えて頷く。
夜魅や鏡子が、人の姿の妖怪は怖いとよく言っている。
「気をつけて見るようにするよ。」
柊平は少し笑顔を作ると、病院を後にした。
柊平を見送ると、壮大朗は濃い影を落とす遮光カーテンに目をやる。
「おぬしも帰らんか。紐が切れたくらいでフラフラしおって。」
まだ春には程遠く、病室の窓は開いていない。
が、ため息まじりのその言葉に、風もないのに重いカーテンがふわりと揺れた。
「気付いていたのなら、若君にも教えてやればよいのに。」
病院には到底不似合いな、不躾な笑みを含んだ声。
窓際に立つ影には、2本の角がある。
「姿を見せる気もないくせに、何を言っとる。」
「その気になればいつでも見える。現に、主導権を奪われた気配は感じたのだろう?足りないのは自覚であろうよ。」
くつくつと影が嗤う。
「わざわざそんなことを言いに来たのか。あまりフラフラしておると帰る場所が無くなるぞ。だいたい、ここはお前が居ていい場所ではない。」
廊下に響くいつもより多い咳き込みや、走り回るナースを見やり、壮大朗は手で払うような仕草をする。
すると影は、嗤う気配だけ残してさぁっと消えた。
「さて、ぼちぼち本番かもしれんのう。」
壮大朗は呑気な声で呟くと、疲れたようにベッドに体をあずけた。
最初のコメントを投稿しよう!