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夕暮れ時の帰り道、店の近くまできて柊平は足を止めた。
近所の老婦人が、自宅前の椿の木を見上げている。
その傍らには、朱色に椿の花の模様の振り袖を着た少女が寄り添うように立っていた。
「おや、百鬼さんのお孫さんじゃないかね。」
「こんばんは。立派な木ですね。」
柊平は、老婦人より少し後ろから椿の木を見上げる。
背はさほど高くないが、ある程度年齢を重ねた木らしい独特の存在感がある。
しかし、艶やかな葉と、ふっくらした紅い花がたくさん付いたその姿はとても綺麗だ。
「そうでしょう?でもね、私が息子夫婦の家に行くことになって、もうすぐ伐らなくてはいけないの。」
婦人は寂しそうにそう言う。
「それで木を見ていたんですか?」
話している間も、振り袖姿の少女は黙っている。
鏡子より年上に見えるその姿は、椿の木とよく似ていた。
「こんなことを言うと、若い人には笑われてしまうかもしれないけれど、この木が泣くの。」
「泣く…んですか?」
「ええ。玄関にかかっている大きな枝があるでしょう?あの枝から、毎朝青い光のようなものが落ちるの。それが私には涙に見えて。」
婦人が指差す枝を見るが、今は何も見えない。
「引き止めてごめんなさいね。話し相手になってくれてありがとうね。」
婦人は柊平に笑いかけると、古い門扉を閉めて家の中に入って行った。
気がつくと、婦人の傍らにいた振り袖の少女の姿も見えなくなっていた。
逢魔が時の曖昧な色の住宅街を、柊平は店に向かって歩く。
もう今から店を開ける時間はないが、この週末から三連休。
北棟で探し物をするにはちょうどいい。
こないだ拗ねていた夜魅に、梅花庵の梅饅頭を買ってきた柊平は、立て付けの悪い引き戸をガラガラと開けた。
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