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どれくらい経ったのか、車内が落ち着いて再び眠り始める人が増えてきた頃、やっと電車は動き出した。いつの間にか、この電車はひとつ先の駅が終点になりホームに滑り込むと静かな駅に似合わない大量の乗客がなだれ落ちた。
私も周りの流れに逆らわず電車を降りたが、そのまま改札を出る気にはなんとなくなれず、ぼんやりと流れを眺めてみる。
壁にもたれかかりホームを見渡してみると、自分の中で流れている時間と忙しく前を過ぎて行く人々の時間との間にあるズレを嫌でも感じ取り、足元に境界線が引かれているような気さえした。
皆が疲れて苛立っているように見える中で、1人、目を惹く存在があった。
中高生くらいの男の子が長いベンチにたった1人で座ってぼんやりと、電車の頭先の黒い線路を眺めている。
何故か、足が向いた。
何をするとか、彼がどんな人間なのかとか、そんなことこれっぽっちも考えずに気がついたらベンチの隣に立っていた。
「泣いてるの?」
男の子がびっくりした顔で勢いよく振り向いた。
私も、びっくりした。
なんでこんなことを聞いたのだろう。
振り向いた彼は少し長めの前髪の下で、さらりとした目が大きく開いているけれどその目から涙は流れていない。
なんで、こんなことを聞いたのだろう。
男の子は少し戸惑ってから泣いてない、とだけ答えた。
自分のいきなりすぎる言動に戸惑いと、恥ずかしさが溢れて私は表情こそ平静を装ったが体はただただ動けずにいた。
「お姉さんは?泣きたいの?」
今度は男の子が、聞いてきた。
今度は、私だけがびっくりした。
泣きたいように見えたのか、
なんと答えたらいいのかわからなくなって私は首を横に小さく振った。
ふぅん、と言ったきり男の子は顔を斜め下に落としてしまった。
そして横に置いていた鞄から一冊の小さなノートのようなスケッチブックを取り出し、ほそいボールペンをさらさらと紙に走らせ始める。
「隣、いい?」
ホームには殆ど人はいなくなり冷たい空気ばかりが泳ぎ始めていた。
なんとなく、この男の子が見ているものを知りたくて私はこんなことを言った。
男の子は顔を上げずにいいよ、とだけ言って後は黙々とボールペンを走らせる。
絵を描いているようだった。
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