思色(おもいいろ)

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「今度、お食事会があるんでしょう? 着ていく着物、あるの?」 母からの電話はいつも高圧的で気が滅入るのだけど、今日はそうじゃなくても返事に詰まった。 母の勧めで独身時代から習い始めた着付けは、結婚して1か月経った今でも続けている。 でも、それももうやめようと決めたばかりだった。 ”お食事会”とは着付け教室のカリキュラムの一環だ。 着物を着て外出する機会を設け、その季節に合った着物を自分で選び、歩いたり食べたりする時の所作を身に着けさせる狙いがある。 以前は楽しみだったその行事も、今の私には苦痛でしかない。 「暑い中、着物で出かけるのを億劫がってはダメよ。紗の着物を着られるのは今だけなんだから。去年やおととしに着たのを着ようなんて思ってないでしょうね?」 実際、行くとしたら、おととし着たものを着て行こうと思っていた。紗の着物なんて2枚しか持っていない。 「あのね、今回は欠席しようと思ってるの。最近、体調が良くないから」 意を決して本当のことを言えた自分を褒めてあげたい。いつもだったら、母に押し切られていただろう。 「あら、夏風邪? 大丈夫よ。お食事会までまだ2週間もあるんだから、それまでには治るわよ。来週、うちに着物を見に来なさい。おばあちゃんのをあげるから」 「え? くれるの?」 意外な言葉に思わず訊き返してしまい、来週実家に帰ることになってしまった。
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