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私は彼を知っている。 彼、森ノ宮康介は私の初恋の人だった。高校の陸上部の先輩と後輩で、同じ短距離走の選手でもあった。 おちゃらけて、練習をサボりがちだった先輩。しかし、先輩が影で人一倍努力していることを知っていた。 ボロボロに擦り切れた靴紐に、怪我の絶えない脚。先輩から、たちまち目が離せなくなった。 それが恋だと気付いたのは、先輩が引退する年の、総合体育大会の日だった。 400mリレーを走る先輩が、転倒して膝を擦りむきながらアンカーへとバトンを繋ぐ。県大会まで進むはずのチームだった。 しかし、結局地区予選の決勝にさえ残れず、予選敗退となった時の先輩の悔しげな顔が、頬を伝る汗が、テントで一人、涙を流していた先輩の姿が、未だ目に焼き付いている。 数年振りに会った先輩の顔を見て、当時の光景が鮮やかに思い起こされ、胸がズキンと疼く。 先輩が引退してすぐに、同級生の彼女が出来たと噂が流れた。応援してくれていた友達の前で大泣きし、先輩のことはきっぱりと諦めたはずだった。 それから恋は何度も経験した。だけど、頭の中から先輩が消えることはなかった。実らなかった初恋は、恋よりも深く、記憶に刻まれている。 先輩は、私を覚えているのだろうか……。
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