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「あのさ、」
空っぽになった弁当箱を洗っている時、唐突に背後から声をかけられた。
甘くて、低い声だった。振り向かずとも先輩の声だと気が付いた。
「さっきからずっと気になってたんだけど、君って杏ちゃん……だよね?」
杏ちゃん。先輩が私につけてくれた愛称。
先輩が私を覚えていてくれた。それだけでもう、十分だ。
「陸上部で一緒だった森ノ宮だけど、忘れちゃった?」
「わ、忘れてなんかいませんっ!」
眉を下げ、不安げな表情を浮かべる先輩に、食い気味で返事を返す。
「良かった、忘れられたかと思った。積もる話もあるし、帰りにどこか食べに行かない?」
私には付き合っている人が……喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
久しぶりに会ったんだもん。下心もないし、許してくれるよね?
「わかりました、行きます」
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