カクリツ

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ここは、都内にある某大学。 新緑の木々が構内の通路を連ね、講堂に向かう学生たちが列となって続いている。 その中で、黒の革靴、白ベージュのパンツ、緑のチェックワイシャツ(インシャツ)、黒縁眼鏡の男が、列の端を早歩きで歩いていた。 中田「おい、うえ・・・」 研究員の中田が、チェックの男に声を掛けようとしたが、男は黙々と通り過ぎてしまった。 中田が研究室に入ると、さっき中田を追い抜かしていったチェックの男が机に座って本を読んでいた。 中田「上野君」 中田が声を掛けると、男は俯きながら中田の方を向いた。 上野「中田君、おはよう」 上野はまた机に方向を直し、読書を始めた。 中田「さっき研究室に向かう途中に、声を掛けたんだよ」 上野「そうか、それは悪かったな」 中田「第一、何でそんなに急いでいたんだい?」 上野「馬鹿馬鹿しいだろ、他の人と同じ速度で歩いていたら、研究室に着くのが遅くなってしまうよ、僕はゆっくり歩く時間があれば、早く机の前に座って本を読みたいね」 中田「そうか、でも、君が歩いていく姿を見て、僕の前の女子大生がクスクス笑ってたよ」 上野「別にかまわないよ、それに」 中田「それに?」 上野「大学の正門から、この研究室までの距離で、事故や事件に遭う確率は、547分の1だよ」 中田「・・・僕は普通にここに辿り着けたよ?」 上野「それは良かったね、でも、だからって次に通るときにまた無事に辿り着けるとは限らない」 中田「それを言ったら、色んな物事そうだろ、全ての出来事に、リスクはある」 上野「だから、大切なのはそのリスクを避けることだよ、研究室までの道を急いでいけば、547分の1が少しでも減るからね」 中田「でも、急いでいくことによってまた別のリスクが生まれるんじゃ・・・」 上野「少なくとも、僕の言ったリスクは軽減される。僕が言いたいのは、人の流れに合わせてまでメリットや自由が犠牲になるのが我慢出来ないよ」 中田「まあ、好きにしたらいいよ」 上野「ところで、中田君」 中田「なんだい?」 上野「君、ショルダーバッグでここに来てるけど、ショルダーは引ったくりや、突起物に引っかかる確率が高い」 中田「それで?」 上野「バッグはボストンか、リュックにした方がいい、だいぶリスク減るよ」 中田「・・・・」
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