取引

20/43
前へ
/264ページ
次へ
ダグラスの顔が、こわばっていく。 とても直視出来なくて目をそらしそうになるのを、必死に堪えて、まっすぐに見返し続けた。 「おかしなことに付き合わせたのは、悪いと思っています。 本当にごめんなさい。 でも、ここで帰るわけにはいかないわ」 と早口に言って大きく息を吐き出すと、ダグラスも全く同じタイミングでため息をついていた。 呆れられているのだろうと思うと悔しい気もしたが、今更彼の顔色を窺っていても仕方がない。 そう自分を励まして、余裕のある表情を何とか作り続けた。 ところが、不意に耳元で 「ありがとう」 とジョンの囁く声が聞こえてきたかと思うと、頬に彼の唇が触れるのを感じたせいで、あっという間に張りぼての余裕は崩れ去ってしまった。 驚きのあまりほとんど飛び上がるようにしてジョンを見ると、彼は満面の笑みを浮かべてアイリーンを見下ろしていた。 「べつに、お礼を言われるようなことじゃないわ。 私は自分の目的の為にやってるだけだもの」 と独り言のように呟きながら、慌ててジョンから体を離そうとするも、ジョンはいつの間にか腰に回してきた手を離そうとはしない。 もうすっかりジョンのペースに乗せられてしまっていると分かってはいても、そこから抜け出す術が分からず、ただ熱を帯びた頬を隠しながら、ジョンから顔を背けることしか出来なかった。 ふと、じっとダグラスがこちらを見ていることに気が付くと、アイリーンは取り繕うように姿勢を正した。 「コリンズさん。 あなたにこれ以上迷惑をかけるわけにはいかないわ。 ここから先は私たちだけで行きます」
/264ページ

最初のコメントを投稿しよう!

90人が本棚に入れています
本棚に追加