プロローグ

4/10
前へ
/264ページ
次へ
体を引きずる跡を砂の上に残しながら、女は這うようにして男の一人に近づいていく。 男は茫然と女の顔、そして尾を見た。 かすれた悲鳴が、わずかに唇の隙間から漏れる。 しかし、逃げ出そうにも、深い傷を負った体にそんな力は残っていなかった。 女はゆっくりと砂浜を進み、男の前までやってきたところで歌を止めた。 そして、細い腕を上げて男の頬に触れると、男は見えない糸にでも引かれるように頭を上げた。 女はじっと男の目を見つめたまま顔を寄せ、そっと唇を重ね合わせた。 その静かな動きが、彼の体に残された最後の命の灯を吸い取ってしまったかのようだった。 男の体からは急に力が抜け、頭から砂に倒れこむ。 女は、そんなことには一向構う様子もなく、ゆっくりと男の手を引くと、苦もなく、その体を海に引きずり込んで消えていった。
/264ページ

最初のコメントを投稿しよう!

90人が本棚に入れています
本棚に追加