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ゆっくりと男の唇が近づいてくると、女は期待するかのように目を閉じた。
が、それが重ねられることはなかった。
「やらなきゃならないことが残っているんだ」
女の耳許で繰り返す。
男が女の腰に回していた手を離すと、力なく女の体は砂浜に横たわった。
身をくねらせるのに伴って、濡れた尾が男をかすめて翻る。
「まだ、死ぬわけにはいかない。
だから俺のことは放っておいて、早く帰ってくれ」
「今、私がいなくなっても、あなたの命が尽きるのは時間の問題よ」
「なんとかしてみせるさ。
たとえ悪魔に魂を売り渡してでも、生き延びて見せる」
男の言葉を聞いて、女の瞳が怪しげに輝いた。
それは、ちょうど雲の隙間から現れた月明かりのせいばかりではないようだった。
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