邂逅の柩

62/68
前へ
/334ページ
次へ
見覚えのない顔なのに、刀祢は彼女を知っていた。 「御前…」 「うん」 それは、遠い昔に会った事のある鬼の姫ではなかった。 ただの、普通の人間の少女で……けれども間違いなく、かつてと同じ魂の光を感じるのだ。 「御前」 もう一度呼ぶと、何故か頬を涙が伝った。 「……御前……御前………」 繰り返し名を呼ぶ刀祢を、あやめは引き寄せ抱きしめた。 「待たせてごめん。寂しい思いをさせて、ごめん」 誰かに、こんなふうに抱きしめられたのは、どれくらいぶりだろうか。 こんなふうに、他の人間の温もりを感じられるのは、一体いつ以来だろう。 涙など、ずっと忘れていた。 寂しさもずっと殺してきた。 何も感じないよう、心に蓋をしてきた。 その全てが、温かい腕の中でほどけていく。
/334ページ

最初のコメントを投稿しよう!

599人が本棚に入れています
本棚に追加