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ずっと忘れていたはずの、昔日の記憶が蘇る。
幼い頃、朱羅に見つかったら心配して止められるからと、よく黙って屋敷を抜け出した。
そんな自分を見つけても、怒る事なく紫月はよく付き合ってくれた。
あの頃から、彼は面倒見の良い人だった。
こうして消えいく今でさえ、自分の身を案じてくれる。
「…もう、忘れないよ。あなたのこと」
切なさに負けて涙しそうになったが、傍らにいる刀祢の心情を察すれば、己が泣くわけにはいかなかった。
「……紫月」
あるかなしかの声で、ぽつりと刀祢が彼の名を呼ぶ。
別れの言葉は必要ない。
--そう、いずれまたきっと会えるのだから。
あやめとは違う思いで、刀祢はそう確信する。
二人の少女はしばらくの間、何も言わずに悲しみを分け合っていた。
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