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そんなある日のこと。その日、男は眠れない長い夜を過ごしていた。決して体調が良いわけではないのに、何故か目だけはやけに冴える。
仕方なく、薄暗い病室で、天井の染みをぼうっと眺めていると、ふと風が吹いたような気がした。窓は閉まっているし、今まで隙間風に悩まされたこともない。気のせいか、と思いつつ、軽く視線を横に振ると、部屋の隅の方に人影のようなものが見えた。
「誰かいるのか?」
男が呼びかけると、謎の人物は音もなく数歩前へ出て、影の中からぬらりとその姿を現す。
「夜分遅くに失礼いたします。何分、急を要するものでして、どうかご容赦ください」
礼儀正しく、穏やかな態度だった。洒落たスーツを着こなし、いかにも紳士といった雰囲気。そして、年齢の読めない顔には、絶えず人のよさそうな笑みを浮かべている。
「一体何者なんだ?」
男が尋ねると、謎の人物は答えた。
「申し遅れました……と言っても、名乗る名はないのですけどね。まあ、何と言いますか、あなた方の言うところの、いわゆる死神という存在です」
「……死神?」
それを聞いても、男は不思議と驚かなかった。疑ったわけでもない。それどころか、むしろ納得していた。
よくドラマや映画では、こういう人のよさそうな人物や、お洒落で飄々としている人物こそ、冷酷な殺人鬼であったり、凄腕の殺し屋であったりするものだ。もちろん、死神というのをそういう比喩として受け取ったわけではないが、黒いフードをかぶせて大きなカマを持たせるより、ずっと相応しいような気がした。
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