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エピローグ
僕は今、鎌倉の外れに建てた小さな家で、先生と「2人暮らし」をしている。
あの日、フランスで何が起きたのか、記憶が全くない。父も母も亡くなったのは確かだ。父は肺癌。母は強盗に銃で撃たれたと先生に説明され、実際ネットの片隅にニュースの記事があり、両親の名前が出ていたので本当なのだろう。
人は耐えがたいほど辛い局面に遭遇すると、自ら記憶を封印することがあると医者に言われて、そうなのかもしれないと一応納得しているが、どことなく違和感を覚えるのは何故だろう?
父は無理をしなければ二十年は生活できる遺産を残してくれていて、僕は今その遺産を切り崩しながら、地元の高校に通っている。
寂しくないと言えば嘘になるが、先生がいるお蔭でどうにか生きている。
「おい、真久。私を目覚まし時計代わりにするな。顔を引っ掻くぞ」
布団で寝ていた僕の胸元に乗っかった先生が、寝ぼけまなこの僕の顔に、鋭い爪を突き立た。
「いたっ!わかったって、もう起きるから……」
スエットを脱いで、制服のシャツに手を掛ける。
「……まだ思いださないか。その傷を触っても」
先生が、僕の胸の真ん中に刻まれた十字の傷を見て言う。
「全然。先生も覚えてないんだろ?別にいいよ。今のところはね」
「そうだな」
僕は一週間後に迫っている中間テストと、いつも同じ電車に乗り合わせる、名前も知らない女子生徒のことを考えながら、スマホで今日の予定をチェックした。
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