第01章 縄張り

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 啓吾たちが勤めるのは、OA機器の販売代理店だ。OAとは、オフィス・オートメーションの略で、簡単にいってしまえば、オフィス周りのパソコン・コピー機・ファクシミリ・電話機などのことを指す。  啓吾が取り扱うのは複合機。法人向けのファックスつきコピー機である。メーカーの開発した複合機を企業に紹介し、月々いくらのリース契約を結ぶ。  丸重は取り扱うのはビジネスフォン。同じ会社だが、部署が違う。  二年前まで、丸重さんと面識はなかった。だが、妻の旧友が丸重さんと結婚した縁で、今では年に数回ほど飲みにいく仲になった。  妻経由で聞くところによると、恋愛においても、バッファローのごとき押しの強さだったという。 「葛西はまじめで人当たりもいい。だが、最後の一押しが足りない。ほかの競合会社に掻っ攫われる」  身振り手振りを交え、丸山さんが熱弁をふるう。 「この人になら仕事を任せられるというパワーを示さないといけないんだ。そしてその力を持つためには縄張りが必要だ」  たしかに喋りが達者である。  話を聞くうちに、頭がぼうっとなってきて、そうかもしれないという気になってきた。  ……酒の力も多分に働いているのかもしれないが。 「葛西の奥さんは、もともとモデルだったんだろ」 「ええ」  妻の花穂は学生のころ、ティーンズ雑誌のモデルだった。啓吾には不釣合いなほど端正な顔立ちで、交友関係も広い。そのせいで、結婚するまでは、ずいぶん気をもんだこともある。 「自宅だからといって気を抜かず、縄張りを意識しろ。奥さんに愛想つかされるぞ。離婚を切り出されてから泣いても遅いんだぞ」  離婚――。  その言葉がダメ押しになった。  アルコールのせいで低くなった防波堤を、不安の波がいっきに超えた。 「ど、どうすればいいですかね?」  元来、人に影響されやすい性格である。すがるように訊いていた。 「秘訣を教えてやる。それはな――」  ごくりと唾を飲み込んで、丸山さんの言葉を待った。
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