第02章 ルール

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「どうせなら本格的にやろうよ」といいだしたのは花穂のほうだった。  リビング、廊下、寝室。すぐに剥がせる黄色いテープを床に貼っていく。  両者が合意した上で、家を区切っていった。 「だいたい西は啓ちゃんで、東がわたし」 「う、うん……」  黄色いテープが、まるで国境のように目に映った。  ここまで本格的になるとは思わなかった。いまさらながら怖じ気づく。本当に正しいのだろうか。  ふと気づくと、妻の瞳が目の前にあった。 「後悔してる? やめてもいいんだよ」 「してないよ!」  心を見透かされたのが恥ずかしくて、つい反発してしまった。  ふたりで定めたルールは以下のようになる。  一、相手の領地に入るときは、一声かけること。  二、領地のなかでしていることには、お互いに文句をつけないこと。  三、無断で侵入した場合は、罰としてその日の家事をすべて引き受ける。  四、どちらかが不在の場合は、一から三のルールは適用されない。 「ふたり以外の誰かがいるときも、一から三のルールは無効にしないといけないね」 「どういうこと?」と啓吾は訊いた。 「だって変じゃない。誰かが訪問してきたときにいちいち『入りますよー』なんて相手にいうの」  まったくもって妻のいうとおり。  次の一項をルールに追記する。  五、別の人間が一緒にいる場合は、一から三のルールは適用されない。 「トイレは共有スペースだね。お風呂と、この洗面所もね」と啓吾はいった。 「ベッドの上はどうするの?」 「えっ」  我が家はダブルベッドだ。 「半分に区切って、お互いに入れなくしちゃう?」  花穂が唇に指を当てた。そのしぐさが色っぽくてどきどきする。 「そ、それは……」 「それは?」  おおきな瞳でじっとみつめてくる。 「…………困る」  花穂がきゅっと目を細めた。 「えっち」  からかわれて、頬が熱くなった。 「そ、そっちがいわせたんじゃないか!」 「知ーらない」 「ずるいぞ」  きびすを返した花穂の肩をつかむ。 「あーあー。もうここ、わたしの領地なんだけど」 「あっ」  気づかないうちに、黄色い線を踏み越えていたようだ。 「さっそく今晩の皿洗いよろしく」  勝ち誇ったように、花穂が髪をかき上げた。
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