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交通の便が悪いにも関わらず、秋夜の地下会場には30人ほどの客が集まってた。
その中で若い参加者は俺――春野翔をのぞけば、大学生らしきだらしない格好の男がパラパラと見えるくらい。古参の風格を漂わせる主婦が中心で、私服とはいえ高校生なんて他にいない。
誰もが開始線の向こうに並べられた数々の違法商品に熱視線を送っている。熱帯夜みたいな空気をエアコンが冷やそうとするが、焼け石に水だ。
俺もその空間に紛れ、目を右から左へと走らせる。目当ての黒いバスケットシューズ《バッシュ》を見つけると、思わず小さなガッツポーズをつくった。
『半額』と強調された値札には8000円と書かれている。
――これなら買える!
いまから二年前。オリンピック開催を目前に、政府は海外からの観光客が悪質な商品に騙されないよう、不適正価格商品を市場から消し去る計画を立案した。
そのために施行されたのが『不正価格取締法』だ。
これにより国内で売買される商品の『2割を超える割引販売は違法』と定めた。それにより品質の悪い類似商品を定価よりも安いと客に誤認させたり、相場以上に設定した偽りの定価で割引率を偽装するような悪徳商法は一掃された。
だが、それでも割引という名の麻薬は人々の精神を深く蝕んだままだった。故にいまもひっそりと闇市場で半額セールが開催されている。
半額商品の中毒性は恐ろしいが、おかげで一度はあきらめたメーカー品のバッシュを購入するチャンスを俺は得られた。
不自然にならないよう、目だけを動かし周りを確認する。
フライパンや電化製品まで雑多に並べられているとはいえ、くたびれたスーツのおっさんなど何を狙っているのか。あるいは半額セールに参加する事だけが目的で、特定の商品など狙ってないのかも。
バッシュに縁がありそうな人間は多めにみてもひとりかふたり。
集まったほとんどの客が俺よりもデカいが、目当ての商品がかぶらないのであれば勝率は自ずとあがる。
あとは現役運動部の優位を活かし、スタートダッシュを決めればいい。
あと数分であのバッシュは俺のものだ。
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