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心の中で力の限り叫んだ。すると、今まで聞こえていた音が、一瞬にして全て消 えた。凍りついたように固まっていた身体も、同時に自由を得て、私は前に飛び出した。
息を吐き、両手の平を見つめる。小刻みに震えて、なかなかそれが止まらない。鼓動は速いままで、息も上がっている。瞬きすると、視界が晴れ、山は黒い偉容な姿を曝していた。白い物は見当たらない。私は安堵の息を吐いた。
周囲を見回すと、日は完全に落ち、街灯がまばらに灯っている。そんな暗がりの中に、私は小振りな石碑を見た。なぜか気になり近づく。文字が彫り込まれているが、くずし字であり、私には読むことが出来なかった。気にはなったが、その場で再び恐ろしい目に会う気は無い。私は鞄を持ち直し、石碑を背にし、その場を急いで立ち去ろうとした。その時であった。
《我等を愚弄するでないぞ》
低い声が、耳元で、はっきりと、聞こえた。息が掛かり、気配もある。自分よりも背が頭ひとつ分程高く、首の辺りに、その人物の髪らしきものが当たる感触がした。
振り返れば、そこに居る。
私は声も出ず、ただ、真っ直ぐにその場から走り去った。山に目を向けることはせず、生きた人のいる場所を目指して。
それ以来、私は、ひらひらした物に身がすくみ、夕暮れ刻が恐ろしい。
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