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飯田さんは、歴史ある女子校の出身だ。彼女が高校に在籍していたのは2000年代のことだが、当時でも珍しいほど校則が厳しく、携帯電話の所持は不可、靴下まで指定品があり、セーラー服のスカートは膝小僧が隠れる長さ、染髪は不可、肩に触れる髪は黒のゴムでふたつに結ぶように決められていた。
学内での服装もまた、規律正しいものだった。授業時間中は、セーラー服の上に丈長の黒いスモックを着用する。教室の中は黒髪おさげに黒スモックの集団が並ぶわけだ。
さて、飯田さんはむかしから、いささか敏感な性質だった。家の中で妙なものをみたこともある。だから、たとえば授業中にいちばん後ろの席に座ったとき、背後から聞き覚えのない声に話しかけられても、「ああ、いつもの」くらいの感慨しか抱かない豪胆さも持ち合わせていた。
教室の後方には、これ以上の机はない。あとは幅20センチメートルほどの小さな個人ロッカーが並ぶだけだ。
高校三年生ともなると、授業は選択制だ。同じ時間に別の授業を履修する生徒もある。声がするのは、決まって数学の時間だった。数学は移動教室で、飯田さんが座っていたのも別の教室の机だった。
声は、「あ……」とか「ねえ」とか、耳元で呼びかけてくることもあれば、「……のに」など、背後で不明瞭にもごもごと話す日もある。でも、声の主が後ろにいるのは間違いない。それも、同じくらいの年代の少女だ。
さして気にも留めずにいたある日、授業中にもかかわらず、飯田さんの机の主が忘れ物を取りに戻った。美術に必要な資料を忘れたらしい。机の中を探すというので、しかたなく飯田さんは椅子に座ったまま、わきによけた。
「あれえ、ないなあ」
つぶやき、机の主は振り向きざま腕を伸ばした。個人ロッカーの扉を開けた次の瞬間、飯田さんの位置からは机の主よりも先に中が見えてしまった。
縦30センチ、横20センチばかりの小さな個人ロッカーのなかに、飯田さんたちと同じ黒スモックに三つ編みおさげの少女がみっしりと詰まっていた。体育座りをして、背と首を前に折り曲げ、黒板を向く無表情な青白い横顔。
飯田さんは思わず逃げようとして、足を机にぶつけた。
ことり。机の中からこぼれたものを見て、机の主は嬉々としてこれを拾い上げ、いつのまにかロッカーの扉を閉めていた。
慣れている私でもさすがにあれは怖かったと、飯田さんは苦笑いしていた。
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