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ゴールデンウィーク後半の五連休を使って、宮本さんは弟と両親と桜目当ての東北旅行をした。二台の車に分乗し、一台には独身の弟と両親、もう一台には宮本さんと奥さんと二人の子供が乗り込む予定を立てた。
宮本さんと両親は同居だが、弟は一人暮らしだ。東北自動車道の佐野で合流し、そこから先は両親が弟の車に乗りこみ、二台つかず離れずで走行することになった。
那須を過ぎたあたりのことだ。渋滞にはまっていると、数台前に小さな子供の姿が見えた。渋滞に飽きた子供をチャイルドシートからおろした親がいたのだろう。子供は後続車にむかって両手で手を振っている。
──危ないなあ。
宮本さんの子供たちも、まだチャイルドシートを使う年齢だ。ぐずるのもわかる。だが、いくら渋滞中とはいえ、高速道路上でシートベルトを外そうとは思わない。気になったが、やがて、子供を載せた車は、列に紛れてみえなくなった。
北上展勝地、弘前、角館と二泊三日で桜を満喫した宮本さんたちは、高速道路で七時間以上の想定で帰路に就いた。午後三時ごろから運転し続け、蔵王PAで三十分休み、もう半分だと気合を入れる。そこからは、弟の車が前に出た。
あたりは黄昏時である。ライトを点灯し、ふと前方に目をやって、宮本さんは目を疑った。
追い越し車線の数台先、白いセダンのリアウィンドウから、小さな子供が手を振っている。どの車も百キロ近いスピードだ。あの非常識な親の車に、帰りにも行き会うとは、と、宮本さんは少しいやな気分になった。
しばらくして、奥さんがカーラジオを切り替えたタイミングで、宮本さんはハッとした。
斜め前を走るワゴンから、子供が手を振っていた。まっすぐに後続車をみつめ、手を振りつづける。そこへ、白いセダンが車線変更をしてきた。
宮本さんは気が付いた。子供の乗っている車が違うのだ。
奥さんに伝えようかと迷っているうちに、子供の乗る車は速度を上げて見えなくなった。
──と。
「あっ!」
宮本さんは声をもらした。
子供は、すぐ前を走る弟の車から、手を振っていた。宮本さんと目を合わせ、手を振り続ける。宮本さんは、その後、無我夢中で走ったことしか覚えていない。
両親を降ろし、走り去っていく弟の車には、子供の姿はすでになかった。
あれからひと月近く経つが、宮本さんはまだ、一連のできごとを弟に伝えられないでいるという。
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