貸別荘

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 小学四年生の夏、七月のことだ。前日にプールで遊び、翌日から軽井沢の貸別荘に二泊三日で旅行にでかけた。長距離の車移動は小学生には退屈で、車中ではずっと、父から譲り受けたカセットテープのウォークマンをいじりたおし、気を紛らわせていた。  一日軽井沢で遊び、たどり着いた貸別荘は、林のなかにあった。そのあたりは別荘地らしく、木立のなかにぽつんぽつんと何軒もの建物があった。別荘とは言っても個性的な外観ではなく、街中ではごくふつうの一軒家が林道脇の少し小高いところへ建っていた。林道から階段を十段ほど上り、すぐ玄関がある。貸別荘の周囲には雑草対策かウッドチップが敷き詰められており、涼しいというよりはじめっとしていた。  母が夕飯を作るあいだ、わたしはずっと音楽を聴きながら窓の外を眺めたり、別荘の中を弟と冒険したりしていた。街灯もない木立のなかは薄暗かった。林道が坂になっており、またちょうどこの別荘がカーブにあるせいか、車が通ると、ヘッドライトが眩しい。それでも、林道と別荘とのあいだに生える数本の杉のおかげで、窓には直接ライトは当たらない。目隠しの意味合いもあったのだと思う。  夜は和室に備え付けの布団を敷いて四人並んで横になった。わたしと弟は窓際、父と母は奥に。和室の窓には障子があったが、部屋の明かりを落としてしまえば、街灯もないので真っ暗だった。  やがて両親も弟も寝つき、ひとりで音楽を聴いた。カセットテープのA面とB面を入れ替えようとしたころだ。パッと部屋が明るくなった。外だ。障子が影一つなく真っ白に照らされていた。ぽかんとして見入っていると、右から人影が現れた。ふたりだ。棒の先に提灯をぶらさげ、てくてくと歩いてくる影だ。男の子だろうか。髪は短い。スニーカーの影まで、全部が障子に映った。一分もあったろうか。ふたりはのんびりと通り過ぎ、ふ……っとライトは消えた。  翌朝、出かける間際に和室の窓を外から確かめると、まるでほんとうに空中を歩いた証拠のように、三センチほどの細い枠に、子供用スニーカーの端らしき足跡が二名分残っていた。  しかし。振り返ると、和室の前には杉の木が数本生えており、幹がちょうど重なって林道は見えない。この窓枠も当時のわたしが背伸びをしてやっと確認できる高さだ。踏み台もない。どうやって彼らがここを歩き、それを照らしたのか、いまになっても、ふしぎでならない。
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