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私の脳裏には、遠くを見つめる猛の瞳が浮かんでくる。
6年前の猛だったら、そんなに簡単に折れなかっただろう。
私が岡崎の家にいた5年間、猛はどんな想いでこの街で暮らしていたのだろう……?
記憶が戻ってから、ふと、考えることがある。
もしも健二達が私を探すのを諦めていたら、私はずっと何も思い出さなかったのだろうか。
それとも、もっともっと時間が経ってから、ある日突然思い出したりしたのだろうか。
6年という年月はとっても長くて、取り戻せない時間は大きすぎる。
だけど、まだ22になる年で良かった。
例えば結婚して子どもが出来て、そんな時期だったらどうなったんだろう。40とか50とかそんな年齢で思い出していたら、私はどうしたんだろう……?
「夕焼け、綺麗やな」
教会の前の大通りが赤い光で照らされていた。
力也を振り向くと、その艶やかな髪が茜色に輝いている。
隣にしゃがんで夕焼けを眺めると、その白い手が私の髪を撫でる。
小さい頃から、いつもこの綺麗な手に包まれていたな、と思い出す。
良かった。
私、この場所に帰って来られた。
【了】
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