竜神祭殺人事件

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竜神祭殺人事件

 かりに竜ヶ島としておこう。  そこは日本近海に浮かぶ小島だ。島民は千人に満たない。日に一度、本州からフェリーが運行する。島にはネット環境もなく、ウソみたいにアナログな暮らしが続いている。  時の流れに忘れさられた島。  それが、竜ヶ島。  戸渡賢志(とわたりけんじ)はフリーランスのライターだ。動物写真家も兼業している。  この島を最初におとずれたのは数年前。島猫が流行りだしていたころだ。  あちこちの島をめぐって、猫の写真を撮っていた。のどかで、さびれた、どこにでもある日本の島の風景。  その事件が起きたのは、何度めに島をおとずれたときだろう? 「ケンさん。ひさしいね。なんも出せんけど、よってきなよ」  島には宿がない。いつもお世話になってるのは、漁師の島村さんだ。フェリー乗り場近くの漁港で会った。 「よろしくお願いします。島に変わりはないですか?」  いつもなら、真っ黒に日焼けした漁師は、ニカッと白い歯を見せる。だが、このときは神妙だ。 「いやぁ、それがなぁ……」  フリーライターの勘が働く。 「何かあったんですか?」 「巫女がな」 「巫女?」 「あれ、ケンさんはこの前の祭のとき、来てなかったか?」 「竜神祭ですね。おれは用があって、前日に帰ったので」 「そうだったか」 「巫女は竜神祭の要ですよね?」  この前に来たとき、祭については聞いていた。  竜神祭とは、この島に古くから伝わる祭だ。  竜神——つまり、海の神さまに豊漁を祈る。海辺の町ではよくあるやつだ。  ただ、この島の祭は少し変わってる。  島のまわりは、ほとんどが岸壁だ。港とそのまわりの少しだけが遠浅になっている。  島の真南の岩場に、ほら穴があった。竜神のほこらが、そのなかにある。  ほら穴に巫女が一晩こもり、豊漁の祈りをささげる。その巫女は、毎年、十さいから十五さいくらいまでの島の女の子から選ばれる。  子どもを一人で、ほら穴にこもらせるなんて危険じゃないのかと、そのときにも思ったが……。 「巫女になんかあったんですか?」  島村は腕をくんで、うーんとうなった。  ちなみに漁から帰ってきたところらしく、まわりには、それなりの量の魚が箱に入れてつまれている。  ノラ猫がどこからかやってきて、まわりをかこみだした。  牧歌的だ。  だから、この島で、あんなことが起こるなんて思ってもみなかった。 「巫女がなぁ。殺されたんよ」 「えっ!」  思いがけない言葉に、賢志はおどろきをかくせなかった。 「殺された?」 「うーん。どうも、そうらしいね。祭のおこもりの翌朝、迎えに行くと、もうダメだったらしい。首をこう——やられたらしいわ」  島村は自分の首を片手で、キュッとしめるそぶりをする。 「そんなことが……」 「だもんで、今度、また、祭の仕切り直しするんよね」 「いつですか?」 「一週間後」  一週間……それくらいなら、時間を作れなくはない。泊まってみようと、賢志は思った。 「一週間、お世話になってもいいですか? 謝礼は払いますから」 「礼なんかいいわ。好きなだけ泊まってけばいいって」 「ありがとうございます!」  そんなわけで、賢志は殺人事件について調べることにした。  もちろん、すでにニュースにはなっているだろう。だが、賢志が知らなかったのだから、あまり大きな扱いではなかったに違いない。  あんがい、特ダネになる可能性がある。このところ、いいヤマを当ててなかったから、これは僥倖(ぎょうこう)だ。  調べるためには、事件のてんまつを知らなければならない。語ってくれたのは、島村の妻、加奈子だ。  夫婦には、ちょうど賢志と同い年の息子がいる。ただし、島の生活をみかぎって都会へ出ていた。年齢が近く、水泳が得意という共通点もある。  なので、賢志を息子代わりと思うのだろう。来ると、とても親切にしてくれる。 「あら、ケンちゃん。また来たの? うちに泊まるでしょ?」 「よろしくお願いします。今回は一週間」 「大歓迎よ。さあ、あがって。今度は何しに? また猫?」 「さっき、港で島さんに聞いたんですが、この前の祭で、大変なことがあったらしいですね。そのことが気になりまして」 「そうだった! ケンちゃん。記者さんだったっけねぇ」 「はい」  それで、きわめて詳細に事件について教えてくれた。古新聞の山も持ってきてくれた。それらをまとめると、こういうことだ。  今年、竜神祭の巫女にえらばれたのは、中学三年の南咲良(みなみさくら)。十五さい。島生まれ島育ちのふつうの女の子だ。来春からは高校に通うため、島を出ることが決まっていた。  ちなみに、小さな島なので高校がない。だから、高校になると、子どもは必ず島を出ていく。卒業して帰ってくることもあるが、たいていは、そのまま都会で就職する。  なので、南咲良は今年が最後の巫女役だった。  今年の祭の日。  南咲良は夜八時に、ほら穴に一人で入った。これは例年のことだ。  ほら穴の入口には夜中まで護摩(ごま)がたかれる。そこで島民の男たちが海水をかぶり、神楽をかなでるなどの神事が行われる。  それが、日付の変わる零時ごろまで。  そのあと、巫女は一人でほら穴に残る。  大昔には、どうやら、巫女とは建前。要するに、海神にささげるニエだったようだ。今はそれが儀礼的に残っている。  明朝、七時になると、島民が巫女を迎えにいく。  すると、そこに南咲良の死体があったというわけだ。 「ただなぁ。不思議なんよねぇ」と、加奈子は首をかしげる。 「あそこ、夜中には満潮になって、入口がふさがれるからねぇ。誰も出入りできんはずなんよねぇ」 「そんなところに女の子を閉じこめてたんですか? 溺れる心配はなかったんですか?」 「ほこらのある場所までは、水は来ないからね」 「なるほど」  どっちみち、被害者は溺死ではない。絞殺だ。  それに、加奈子の証言で、殺人の起きた時間帯が、かなり、しぼれた。男たちがほら穴を去ってから、満潮になるまでの、わずかの時間だ。  賢志は港へとってかえした。日暮れが近づき、港へは船が次々、もどってくる。かたっぱしから話を聞いた。 「えっ? なに、祭? ああ、あの夜か。最後まで残ってたのが誰かって?」 「あるいは夜中に、ほら穴に近づく人を見ませんでしたか?」 「近づくもなんも、よっちゃんが一晩中、見張っとったんと違うか?」 「よっちゃん?」  首にかけたタオルで汗をぬぐいながら、答えてくれたのは、沖田だ。沖田も顔なじみだ。 「さくらのオヤジだわ。南義行。祭の晩は、親が入口の見えるとこに船とめて、見張るのが慣習だからなぁ。なんせ、子どもが心配だもん」  それはそうだろう。  未成年者の親なら、誰だって。 「なるほど。南さんが、ほら穴を見張ってたんですね。じゃあ、それこそ、ほんとに誰も出入りはできなかったのか……」  自然の作った密室。  いよいよ、謎が深まる。  考えこんでいると、視線の端のほうで人影が動いた。  すっと遠のいていく、うしろ姿が見える。  少年……少女か?  遠目なのでよくわからないが、きゃしゃな体格は、十五さい前後の子どもだろう。 「あれは誰ですか?」  気になって、沖田にたずねてみた。とたんに、沖田の潮焼けした顔がゆがむ。 「うん……? ああ、蒼太(そうた)だな」 「どこの子ですか?」  なぜか、沖田はとくちごもった。そして、急に忙しそうに網を片づける。 「悪いね。日が暮れぇわ」  たしかに、日差しは傾きかけていた。おだやかな凪の海をきらきらと金色に染める。  しかし、まだ暗くなって困るという時間ではない。あきらかに、ふれられたくない話題のようだ。  なんだか、こっちを見ていたようだが、気のせいだろうか?  その夜、賢志は島村に聞いてみた。 「今日、港のところで男の子を見かけたんですがね。蒼太っていうらしいですね。どこの子どもかって聞いたら、沖田さん、急に話をそらしたんですよ。なぜですか?」  島村の顔も神妙になった。だが、賢志がまっすぐ見つめていると、ため息をついた。 「あれはの女が島に流れてきて、生んだ子だ。十五年か、十六年か、そのくらい前かねぇ。女のほうはすぐに死んじまって。めんどう見るもんもおらんでね」  賢志はビックリした。 「ちょっと待ってください。それって、私生児ってことですか? もしかして、戸籍にも登録してないような?」 「たぶん、そうだろうね。なにしろ、悪い病気にかかった素性の知れん女が生んだ子だもんで」 「いや、だからって。母親が死んだなら、児童相談所に連絡するなり、施設に保護してもらうなりしたらいいじゃないですか」 「何度か連絡はしたみたいだがねぇ。蒼太が逃げまわるもんで、つかまえられんのよ」  つかまえるだなんて、犬猫か?  賢志はめまいをおぼえた。現代の日本で、こんな話を聞くとは思ってもいなかった。  すると、賢志が島の人を責めていると感じとったのだろう。  島村は告げる。 「あれには、かかわらんほうがいい。祟られる」 「祟る?」 「さくらを殺したのも、蒼太だと、みんな思っとる。さくらは優しい子だった。蒼太にも、いろいろよくしてやっとったからね」 「仲がよかったんですね?」 「そりゃもう、兄妹みたいに」 「じゃあ、なんで、そんな子を殺すんですか?」 「さくらが島を出ると知ったからだろうよ。さくらがいなくなりゃ、蒼太はほんとに、ひとりぼっちだ」  なるほど。それは納得のいく答えだ。  自分を置いていく友達がゆるせなかったのだろう。裏切られたと感じたのか。  あの少年のことを、もっと知りたい。 「あの子のことをよく知ってる人はいませんか? ふだんはどこに泊まってるんです? 食べ物だって、自分でどうにかするには限界があるでしょ? それとも、どこかで働いているとか」  島村は妻の加奈子と顔を見あわせ、首をふった。  いよいよ、口が重い。  以降、何を聞いても答えなくなった。
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