3143人が本棚に入れています
本棚に追加
*
「神谷さん、お客様がお待ちになっています」
受付からの内線は、いやに神妙な声だった。
一階のロビーで待っていた男には見覚えがあった。名前は知らないが、誰かのお父さん。どうしてあの男が、俺の会社にいるんだ?
「こんにちは。沢田先生のご主人」
ストーカー男は、映画館で会ったときと同じように、不敵な笑みを浮かべていた。
「こんなことをすれば、どうなるか分かっているんでしょう?」
「そんな怖い顔しないでくださいよ。ご主人のことが心配で、こうして伺ったわけですから」
「話すことはありません。どうぞお帰りください」
立ち去ろうとすると、腕をつかまれた。
「奥さん、沢田先生は、浮気していますよ」
そう言って、写真を差し出される。美紘と健太郎が顔を見合わせ笑いあっていた。こんなもので俺を強請(ゆす)る気なのか。
「男の部屋から出てきたところですよ」
カッとなって、腕を振り払った。反動で、男がよろめいた。大げさに倒れ込むようにする。人目をひきつけるために、わざとだ。
「神谷っ!」
開いたエレベーターから前の人を押しのけるようにして、上司の水口が駆け寄ってきた。
最初のコメントを投稿しよう!