#01

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#01

 小ぶりな胸をブラジャーへとしまいながら、まだぼんやりしている俺に向かって「先に出るから」と女は言う。帰るまぎわベッドの上に五千円札を荒っぽく押しつけるようにして置いていかれた。ホテル代は割り勘、そこは譲れないらしい。  女はわざと安っぽいラブホテルを選ぶ。会えばすぐに行為をして、無駄な会話など一切ない。終わればさっさと服を着る。余韻もなにもない。もちろん俺のことなどおかまいなしだ。  かわいそうな女だ、と思う。  そんなことでしか埋められないなんて。  寂しいんだろう?  会話がなくとも抱いていればだいたいのことは分かる。  愛だとか恋だとか、そんなこと考えたこともないから分からない。はじめて会ったとき、女に見つめられたとき、ただ、逃れらないな、とそう思った。こちらの隙をついてするりと懐に入り込まれてしまったあとはどうにもしようがなかった。一度そういう関係になってしまうとねっとりと絡みついて離れない、そんな女なのだ。  八つも年上で、人妻で、可愛げもない女。なのに、相性がよすぎる。どんなに冷たくされても、別れられない。  折れてしまいそうな細すぎる体の、すみずみまで何もかもを知っている。どこにホクロがあるのか、どこが弱いのか、どこを攻めればどう啼(な)くのか。  かわいそうだ、と思う。  そんなことでしか埋められないなんて。  自分の中の真っ黒な空洞を感じるたびに、幼い頃から欠けたままのその場所を感じるたびに、かわいそうだ、あわれだ、あの女に見ているものは俺自身なんだと痛感する。    抱きしめても、口づけても、女を救ってやることなどできない。  ましてや、胎児のように丸まって暗闇の中で耳をふさいだままでいる、そんな自分自身を救ってやることなどできやしない。  産み落とされた瞬間からくだらない、俺の人生なんてどうだっていい。ただ生きて死んでいくだけなんだから。
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