海鳴りの方向

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 蝉の鳴き声が聞こえる。  陽一は千津子の隣で釣りを始めた。  時折、手のひらサイズの小さな魚を釣りあげて、赤いバケツに放り込む。 「あ、猫」  魚の臭いにつられたのか、数匹の猫が警戒しつつ近寄ってきた。  なーあ、とねだるように鳴く猫の愛らしさに、千津子の頬が緩む。 「驚かせて、追い払え」  陽一は顔をしかめてそんなことを言うが、千津子がバケツに手を入れても見ていないふりをしてくれた。  小魚を一匹、放り投げる。  にゃーん。ふぎゃ、ぎゃうう。 「ああ、駄目だよ。喧嘩しないで。ほら」  追加でもう二匹投げると、猫達は夢中になって魚を食べた。 「もうやるなよ」 「うん、わかってる」  バケツの中にはまだまだ魚が残っているが、これは陽一の晩御飯になるのだ。  これ以上はあげられない。  千津子は猫からバケツを守りつつ、空を見上げた。   「ねえ、雲が黒いよ」 「ああ、一雨くるかもな」 「私、帰る」 「おう。じゃあな」  千津子を見ずに陽一は素っ気なく頷く。  それがなんとも腹立たしく、千津子は顔をしかめた。  いつも、こうだ。  陽一はマイペースすぎる。 「いーだ」  小声で呟き、歩き出した時だ。  ふいに、風が吹いた。  千津子の髪を揺らして海へと過ぎ去る。 「嫌な風だな。台風かもな」  眉を寄せて、陽一が言った。 「なんでそう思うの」  風が吹いただけなのに。   「なんとなくだよ。・・・・・・気をつけて帰れよ」 「うん」  しまんちゅは、時々不思議だ。  家に帰ってテレビを観ると、本当に台風が発生していた。 「偶然でしょ」  母親はそう言って取り合わないが、千津子はそうは思わなかった。  
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