海鳴りの方向

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 台風が来た。  沖縄に住んで初めての台風はなかなか大きく、始終外から物音が聞こえ、千津子は落ち着かなかった。 「停電が起きないといいけど」  母親は溜め息混じりにつぶやくと、立ち上がって台所へ向かった。 「お母さん、ミィは?」  その後に続きながら千津子は飼い猫の姿を探す。 「その辺にいないの?」 「うん。二階かな。ミィ、ご飯だよー」  猫まっしぐら、の缶詰を手に呼びかけるも、猫は出てこない。   「ねえ、お母さん。ミィ、いないんだけど」 「え? ちゃんと探したの?」 「うん。・・・・・・外に行ってたり、しないよね?」 「・・・・・・それは、ないと思うけど」  口では否定していても、母親の表情は硬い。  昼間、戸締まりで開け閉めしていた時に、外に出てしまっていたら? 「・・・・・・ちょっとその辺、見てくる」 「あ、千津子!」  千津子は猫缶を持ったまま、玄関のドアを開けた。  びょおおおお、びゅうううう。  強い風が千津子の身体に吹き付ける。  気を緩めたら、吹き飛ばされそうだ。  こんな中にあの小さなミィがいたらと思うと、居ても立ってもいられなかった。 「ミィ!? どこにいるの、ミィ!」  千津子は猫を探して、家を飛び出した。 「千津子! 戻りなさい、千津子!!」  母親の声が追いかけてくる。  それでも、千津子はもう走り出していた。  猫達が集まる場所ーー防波堤へと。
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