海鳴りの方向

6/7
前へ
/7ページ
次へ
 海は荒れ狂っていた。  ここまで夢中で走ってきた千津子だったが、黒く渦巻く海を目にして、少し冷静になった。 「ミィ? ・・・・・・いない、よね」  海辺には千津子だけで、猫なんて何処にもいない。  それはそうだ。  猫だって考える。こんな時に海に来るのはお馬鹿な人間くらいだ。  ほっと息を吐いたら、身体の力が抜けた。 「ひゃっ」  そこへ一際強い風が吹いて、千津子はたたらを踏む。  転びかけた千津子を支えたのは、色黒の腕だった。 「この、馬鹿!」  千津子を支えたまま、陽一は目をつり上げて怒った。 「こんな日に海に来るなんて、何考えてんだよ! 帰るぞ!」 「ちょ、ちょっと待って、ミィが・・・・・・」 「ミィなら見つけた! お前んちの車の下にいたよ」 「え、そうなの!? よ、よかった・・・・・・」  千津子は陽一に引きずられるように歩きながら、安堵の笑みをこぼす。  それを見て、陽一は舌打ちした。 「馬鹿千津子。あんまり心配かけるなよ」 「お母さんにはちゃんと謝る」 「違う。いや、それもだけど」 「なによ」  陽一はそっぽを向いて小声で言った。 「・・・・・・俺にも謝れ」  千津子は目を瞬く。  雨が降り始めていた。  自分の手を引いて歩く少年は、ところどころ泥まみれで、どれだけ急いでいたのかがわかる。  雨に濡れて冷たいはずの頬が暑い。  風邪、ひいたかな。 「・・・・・・ごめんね」 「おう」  その後、二人は黙ったまま歩き、家まで帰った。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加