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彼女と、家族という形で新しく出発した時に、僕は彼女の王子様になりたかった。
カッコイイって、自慢の旦那様なんだって、いつだって、誰にだって胸を張って言ってもらえる存在になりたかった。
だから、ただひたすらにガムシャラに働いて、いいマンションに住んで、贅沢だってさせて、高い外車も高級な服も与えて、彼女との時間も大切にすることが、何よりも大切だと思い込んでいた。
……彼女が『幸せだよ』と言いながらもぎこちなくしか笑ってくれない理由がそこにあったのだと気付いたのは、僕が過労で倒れて入院してからだった。
「じゃあ、いただきます」
「はい、いただきます!」
今でも、覚えている。
目を開けて最初に見えた、彼女の泣き顔を。
一緒に彼女の手料理を『美味しい』って言って食べて、笑いあうことができればそれで幸せなのだと、涙ながらに語ってくれた、彼女の言葉を。
僕が思い描いていた全ては、僕のエゴだった。
僕は、彼女のことなんて、少しも見てあげられていなかった。
それで王子様になろうだなんて、一体どんな料簡だったんだろう。
あの日を境に野菜多めの滋養食になった食事を噛みしめながらチラリと彼女のことを見る。
僕が食事に手を付けたことを見届けてから生春巻にかじりついた彼女は、幸せそうに瞳を細めた。
ありのままに笑みこぼれる、幸せの表情だった。
その何とも言えない温かな表情に、僕の目元からも力が抜けていくのが自分で分かる。
「美味しいね」
僕が呟くと、彼女が再び僕に視線を投げた。
リスのように頬を膨らませて咀嚼していた彼女が、僕の言葉に笑みを深くする。
「今日も、美味しいね」
「うん、美味しい」
僕と彼女の短い会話は、小さなアパートの空気をじわりと温めながら溶けていった。
【END】
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