彼女は生春巻に愛を巻く

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 目が覚めたのは尿意を覚えたからだったけれど、目が覚めて一番に僕の五感が捉えたのは軽やかな口笛だった。  家電が立てる微かなモーター音の向こうから聞こえてくる旋律は、某有名巨人漫画のオープニングに間違いない。  枕元の時計を見上げると、針は9時を差していた。  不眠症体質である僕がこんな時間まで寝ていられたなんて奇跡に近い。  僕はベッドから抜け出すとトイレを経由してからキッチンに顔を出してみた。  冴えない営業職である僕の年収に合わせた、小さなアパートの、小さなキッチン。  そこにいた口笛の主は、楽しそうに何かを作っている。  長袖のシャツを豪快にまくり上げて惜しげなく柔肌をさらした彼女は、指先を何かの汁で汚しながら一心不乱に何かを作っていた。  我が家のキッチンでは見慣れないその形状は…… 「春巻?」 「うわぉっ!?」  僕の接近に気付いていなかったのか、彼女は僕の呟きに文字通り飛び上がって驚いた。  耳にイヤホンが刺さっているから、何か音楽でも聴きながら作業していたのかもしれない。  小学生の時に世話をしていた飼育小屋のウサギが似たような動きをしたな、なんて不意に思い出したら可笑しくなってしまった。 「おはよぉ……うわぁ、ホントにビックリした。  ……あ、ゴメン、もしかして、私が起こしちゃった?」 「いや、トイレに行きたくて」 「寝れるなら、まだ寝てていいよぉ。  昨日も残業してて遅かったんだからさぁ、しっかり休まないと。  また倒れて入院とかイヤだよぉ?」 「ははは、そんな簡単に倒れないって……」  彼女の言葉をサラリと受け流したつもりだったが、どうやら失言だったらしい。  スッと表情をなくした彼女が、感情のない瞳で僕を見上げてくる。  ヒヤッとした空気に戦争勃発の気配を感じ取った僕は慌てて口を開いた。
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