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「いや、あの……
じゃっ、じゃあ、テレビでも見てのんびりしてるよ。
二度寝はできそうにないからさ」
アハハ、と乾いた声とともにリビングへ下がり、ソファーに崩れるように座りこむ。
テレビを付けながらも、僕の手は無意識の内に居間のテーブルの上で充電されていたスマホに伸びていた。
ワイドショーが『仏像窃盗犯逮捕』だの『某国核実験の実態』だの『最新版・健康のための入浴法』だのの報道を垂れ流す中、着信履歴を確かめた流れでスマホで検索画面を立ち上げれば、指は無意識の内に仕事に関するネタを漁り始めている。
空気を求めて産声を上げる赤子のように、金を求めてあえぐ貧民のように、僕は仕事のネタになりそうな情報を求めてしまう。
株価も、最新のトレンドニュースも、今日の僕には必要ないはずなのに。
今日は非番だから意識を仕事から切り離さなければならないと分かっているのに、フリックを操る指は言うことを聞いてくれない。
このままでは『僕』という器が仕事で飽和して壊れてしまうと分かっているのに、僕を突き動かす指も、流れる文字を追う目も止まらず、意識だけが悲鳴を上げ始める。
「こら!」
自分自身を制御できない恐怖に首輪で繋がれて引きずり回されそうになった瞬間、ガスッと頭部に衝撃が走った。
取り落としたスマホがサッと回収され、僕の意識は無理矢理仕事から切り離される。
「仕事に出発するまでは仕事のことは考えない!!
私とそう約束したでしょーっ!?」
生春巻が盛られた皿を片手に携えた彼女は、上から僕の顔を覗き込むと怒りの表情を見せた。
口調はまだ柔らかさを保っているが、瞳は真剣に怒っている。
ここで反論でもしようものならば離婚に発展する喧嘩になる。
本能で悟った僕は、大人しくゴメンナサイと呟いた。
「よろしい」
僕の謝罪を受け入れてくれた彼女は、ムスッとした表情を押し込めるとテーブルの上に手料理を広げてくれた。
たっぷり野菜を巻いた生春巻に、豆腐と卵の中華スープ。
温かい白米に、野菜と牛肉の炒め物。
「朝からこんなに食べれないよ」
「いいの! 朝が無理ならこれはお昼ご飯なの!! 食は健康の基本ですぅっ!!」
「……はい」
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