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自分がどれだけ長く眠っていたのかはさておき、楓は眼前に現れた人物をしっかりと見据えた。
自分よりもはるかに小柄な少女は、茶封筒と同じ色をした包み紙を抱えて、楓を眺めていた。
ゲームのヒロインが着ていそうな、左側の裾が少し長いモノトーンミニスカートドレスを着用しており、身を護るための銀鎧の胸当てと手甲を合わせている。
少し肉付きが良い脚は、防護魔法が施された黒いニーソックスによって素晴らしい輝きを放っている。
「あの、楓殿?」
左腰に揺れるホルスターには、竜の爪と牙を模した銀色の短剣と鉤爪が鋭く煌めく。
何よりも特筆すべきは、毛先が銀色に染まった艶やかな黒のボブヘアと、眼球の下半分が水色に変色した藍色の瞳。
普段は他人に瞳の色を悟られないよう、薄目で居ることが多いが、現在はぱっちりと見開かれている。実に愛らしい。
「あのー…聞こえていてるか、楓殿」
控えめながらぷっくりとした唇は小粒のミカン果実のように瑞々しくて、能動的に触れたくなる。
だが楓は理性で激情を殺し、ニコッと微笑んだ。
「ちゃんと聴こえていますよ。あなたの、子猫がぐずるような可愛らしい声がね」
「ふえ…」
楓は少女の手から包み紙を受け取り、そっと抱き寄せた。衣擦れによって微かに生まれ、鼻腔をくすぐる香りは、いつも決まっている。
屋根に染み付いた油…機械の駆動部を潤滑に動かすための油と、彼女自身の放つ柑橘に似た香りだ。
…今回は特に、包み紙から漂う油の臭いがきついが。
「言ってくだされば雨避けの油くらい、すぐに用意できますよ?」
「みっ、耳もとで囁かないで頂きたい!それに、こういうことはふたりきりの時にお願いしたいというか…」
「え?」
照れて耳の先まで真っ赤になった少女は口ごもり、楓を突き放した。 楓は多少よろめいたが、扉に後ろ手をついて踏み留まる。
「相も変わらず、鞘丸天都氏に溺愛しているようですね、朶楓氏」
彼女、天都の背後から突如現れた、OL風の黒色スーツをきちっと着こなす、ダークブラウンのロングヘア美女に呆れられた。
スーツ美女は目を細めてバインダーを開くと、何かを書き留めた。
「おや、笠崎さんもいらしていたとは。気付かずにどうもすみません」
「お気になさらず。今回は世界政府からの通達に参っただけですし」
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