序章1━仮想戦線~imaginary skirmisher~

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 まばらにネオンサインが光りだした繁華街の、ひとつ裏手を慶樹は一人で歩いていた。  陰気な町並みは、今時の凡庸な若者である慶樹によく似合っている。  手元には紙切れが一枚。先程の男に渡された物だ。それにはどこか官庁の電話番号と、室長阿久津正輝の七文字だけが走り書きされていた。  おろらく阿久津というのであろうその男の威圧的な顔と声を、そして見せられた一枚の写真と言い残して行った言葉を重い出す。 ━━「近々配備される新型だ。駆動系は超伝導モーターを採用。そこいらの着装系建設作業機械とは物が違う。当然君達のオモチャともな」  そう言った、阿久津の冷ややかな視線の先には自分が興じていたゲームとそれに群がる人々がいた。  そういった事を思い出し、物思いにふける慶樹を突如響いたガラガラという破壊音が我に返えらせた。少し先の工事現場で古い木造家屋が取り壊されている。  昔から見慣れた作業車両に混じって高さ五メートルほどの機械が二本の足を巧みに使ってうろついていた。  上部構造物から出る二本のアームが器用に作業を始めた。固定された足の油圧リンダーが大きく軋み不整地でのバランスを安定させ、作業を円滑に進める。  筋肉への信号を感知して動く複数のモーターによって人の力を補助し、介護等での重労働の負担軽減を目的として開発が進んだパワーアシストスーツ。  その技術を重機にも取入れたのが、目の前で人よりも力強く、他の重機より繊細な作業を行っている。着装系建設作業機械〈アーベント〉である。  そしてそれをドイツと共同で軍事転用したのがパンツァーウ"ェステだ。  現在は日本、NATO、東ユーラシア条約機構で配備が進む、最新兵器であり、阿久津がオモチャと揶揄したのはそれを題材にし、一部で熱狂的な人気と批判をいってに浴びる操縦体感ゲームだ。  更に付け足すなら慶樹は、〈アーベント〉操縦を生業としていて、このゲームのエースプレイヤーでもある。  時々思う、自分はきっと世界一コレに関わっている。なぜならまだ目を瞑ればいつでも瞼に浮かぶのだ。機械に繋がれた操り人形のようなアイツの醜い姿が。  この記憶が目の前の廃屋のように消える事を期待したがダメだ。  たぶん阿久津の言う通りだろう。 ━━「別に今は強要する気はない。それに絶対に来るだろ。コレから逃れようなど、君には出来んのだからな」
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