第一章 能力-Synesthesia-

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第一章 能力-Synesthesia-

 どんなに検索エンジンなどでエゴサーチをしても、俺の名前や関わっている組織は1件もヒットしない。するはずがない。それでも俺の存在は一部の者に知られているらしく、稀に街で声を掛けられる。 「桐島(きりしま)靖行(やすゆき)さんですよね」  月曜の朝。地下鉄に乗り換えるために歩いていた駅の地下道で、OL風の若い女性に呼び止められた。歩みの速い俺を追いかけて来たのか、かなり息が上がっている。  清楚そうな白いブラウスが似合う、金色に近い長い髪を一つに束ねた小さな顔の可愛らしい女性。なんだ…… ただ俺をアイドルか何かと勘違いして声を掛けて来ただけか。  何かアドバイスを── とか言うのであれば、じゃあどこかでお茶でも。ってのも悪くないと思ってしまうほど、俺の好みのタイプだけど。仮にそうだったとしても、今は会社への通勤途中。 「はい。でも、今は通勤の途中なので……」  軽く咳払いをしてから言う。朝起きてから初めて声を発するので、ちゃんと声が出るか自信がなかったからだ。俺は少しだけ歩く速度を緩めながら彼女に向かって片目を瞑り、そして人差し指を自分の口元へ持って行く。 「あ…… そうですよね。失礼致しました」  振り返ったわけではないが、彼女がその場に立ち止まり深々と俺に頭を下げているのが気配でわかる。俺は再び歩く速度を元に戻した。  こういう時ほど、この190cm近い身長を邪魔に思うことはない。もう少し小さかったら、こんなにも目立つことはなかったのに。そう口にすれば、贅沢を言うなとチビッ子達が妬み始めるのだけど。  こうして人混みでも歩いていようものなら、転ばせようと足を引っ掛けてくるチビッ子達が後を絶たない。まぁ、でも。君達の魂胆は、俺の能力によって事前に察知されてしまって、返り討ちにされるのがオチなのですけどね。  チビッ子のみんな。街で背の高いお兄さんを見かけても、腹癒せに足を引っ掛けようなどと決して思ってはいけませんよ。
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