第一章 能力-Synesthesia-

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 ホラホラ…… 言ってるそばから妬みの色を輝かせて、嫉みの香りをプンプンさせて。威勢のいいチビッ子のアンちゃんが近付いて来ましたよ。  ちょうど良いタイミングで歩く足を止めて、差し出されたアンちゃんの(短い)足を跨ぐように次の1歩を踏み出す。そして挟んだ足を捻るように、俺はグッと腰を落とす…… 「…… 大丈夫ですか?」  俺を転ばせようとして出した足が(あだ)となり、逆に自分が派手に転んでしまった男性に向かって手を差し伸べる。  まぁ、こう言う時の相手の反応。バツが悪そうに俺と目を合わせることなく、立ち上がって逃げるように去って行く。自分から仕掛けたのだから何も言えないよな。  さて。俺も会社に向かうため、最後に乗る地下鉄の改札へ向かうとしよう。 「おはようございます……」  IDカードでセキュリティを解除して事務所へのドアを開ける。俺が挨拶しても誰からの返事もない。決して事務所が無人なわけではない。これが毎朝のこと。  幼稚園や小学校の先生から── いやいや、他人じゃなくても。両親からも「挨拶ができないと立派な人間になれません」と教わって来た。きっと皆さんもそうですよね。でも塾や予備校の先生は教えてくれないのです。テストの点の取り方しか。  人のと言うものは、どうしても新しいほうのものを信用しがちなようだ。それに、この事務所にいる連中、老若男女── 役職や地位の高低に関わらず、いい色も発していないし、いい匂いもしない。  この事務所で俺の席は、根幹業務をこなす部隊や営業の連中から少し離れた場所にある。まわりは空席ばかり。そんな居心地の良い自分の席に着き、パソコンを立ち上げる。さて…… 今日も暇潰しの始まりです。
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