第一章 能力-Synesthesia-

4/28
前へ
/152ページ
次へ
 パソコンが立ち上がったので、会社の業務がアップデートされる仕組みにアクセスしてcsvを取り出す。そして昨日まで蓄積したファイルの最下部に付け足し、グラフを再読み込み。あとはこのグラフを1日中見続けて、何かの解析をしているフリをしていれば良い。  データのアップロードなど、月次のデータが締まった時── 月に1度行えば良いのだが。それではあまりにもやることがなさ過ぎるので、こうして毎日更新して眺めている。楽な仕事だ。  おっと…… そう言えば週末に、知り合いから表の作成を依頼されていたっけ。  電子メールのアプリケーションを開くと、『万物商事 服部』と言う人物からの受信あり。日時は土曜日の午前中。 …… アタシだよ!  いつ、どこで誰がチェックをしているかわからないので、私有のフリーメールIDとクラウドサービスに、この名前を使用している。知人からの頼まれごとや私的資料の作成などは、この架空の服部さんとやり取りをしているように繕う。これで家でも会社でも作業が行える。  始業のチャイムが事務所に鳴り響く。でも俺はそれを無視するように、依頼された表計算を行うべく必要なツールを立ち上げる。 「おはようございます。臨時朝礼を行います」  総務の課長が事務所のほぼ中央で言う。隣に立っているのは若そうな男性。事務所の連中が立ち上がり始めたので、俺も倣うように渋々その場に立つ。 「今日から入社する新入社員を紹介します──」  総務課長が彼の氏名、年齢、これからの配属先。今日1日は社内オリエンテーションのため会議室に篭る。などと、俺にしてみればどうでもいい事柄を淡々と告げる。  続けて新入社員が前職での経歴なども含めた自己紹介と、意気込みを語る。彼と目が合ったが、特に色を変える様子はない。良かった…… 俺を知る者が社内にいるのだけは勘弁だ。  ホッと胸を撫で下ろす。  感じる限り、ごくごく普通の青年。普通の会社なら良かったのに。この会社で上手くやって行けるのだろうか。と言うのが第一印象。
/152ページ

最初のコメントを投稿しよう!

95人が本棚に入れています
本棚に追加