第一章 能力-Synesthesia-

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「桐島先輩。ちょっと見積書を見てもらっていいですか?」  臨時の朝礼が終わり、席に座ってパソコンに向かおうとしたら営業部隊の後輩がやって来た。俺に数枚の紙を向けている。以前、業務を行う部署で一緒だった後輩。どれどれ…… 俺は彼から見積書やらを受け取り、目を通す──  ことを始めようとしたのだが。  まず目に留まったのが、まだ左側の承認印が空欄の捺印欄。後輩の担当印、向きが右向きじゃないか。  2枚目からの要項…… 要領は得ていると思うが、決定打に欠ける。と言ったところだろうか。この見積でコンペティションに参加するのであれば、内容が少し薄いかも知れない。  仮に最終候補まで残ったとしても、ハンコの押し方も知らないような会社に任せて大丈夫か?と思われても仕方がない。 「んん…… いいんじゃない?」  俺は書類を後輩に返しながら言う。会社がこの案件を受託できなくたって、俺にはどうでもいいこと。  ハンコの押し方も知らないのか!それに内容が薄い。これじゃあ詳細を知らない先方のお偉いさんには伝わらない。やり直し!と、突き返したところで。上役から「わかったような口を利くな!」と怒られるのは、もうコリゴリだ。触らぬ神に祟りなし。 「ありがとうございます!」  満足したのか、後輩は俺に頭を下げて(きびす)を返し、自分の部署の方向へ闊歩して行く。やれやれ…… 「桐島君、ちょっといいかい?」  今日は朝から珍しくお客が多いなぁ。今度は営業推進部の部長である。 「先日、取引が決まった会社の業務を取り込むにあたって、ウチのシステムとシンクロさせようと思っているのだが。なにぶん、ウチにはシステムに明るい奴がいなくて。  明日、先方で業務とシステムについての説明会があるのだけど、同席してもらえないだろうか」  なるほど。俺なんかに頼みごとをしているところを見られたくないから小声なわけね。それでも、こう言う(たぐい)のお願いをメールで済ませる輩よりは全然マシだ。
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