第一章 能力-Synesthesia-

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「ええ。同席させていただきます」 「ありがとう、助かるよ。午後に出れば間に合うのだけど…… どうだい?昼でも一緒に」  俺の価値は昼飯1回分か。まぁ、いいけど。 「喜んで。ありがとうございます」  やれやれ…… 明日もスーツで出社しなければいけないのか。  知り合いからの資料を作成して、いつもの指定フォルダーへ保存する。  それほど急ぎの資料ではない。依頼主には今日の夜に会うので、その時に保存した旨を伝えればいいだろう。あとは、朝アップデートしたグラフを眺めて終業のチャイムを待つ…… 「お先に失礼します」  鞄を背負って席を離れても、誰からも返事はない。決して事務所が無人と言うわけではない。朝とまったく同じ状況。毎度のことなので気にすることもなく、俺は事務所を後にする。  毎週、月曜の夜。俺はとある団体の「懇談会」のために事前に指定された場所へと向かう。なので、月曜日はいつもスーツを着て出勤している。  懇談会とは名ばかりで、ちょっとしたディナーパーティーである。所属する会員達がそれぞれの近況や意見を交える…… と言う意味では「懇談会」で間違いないか。  今日は確か、海に近い高層ホテルの最上階にあるイタリアンレストランだ。毎週行っているこの集まりにしては、今夜はちょっとカジュアル風なのだろうか。  地下鉄を乗り継いでホテルに到着。そして最上階へのエレベーターに乗る。  えっと…… 今日の会場の店は…… 最上階の薄暗いフロアを迷いながら歩く。やがて先週貰った案内状に記してあった店の名前を見つけ、ホッと安堵。 「あぁ!桐島さん。こんばんは」  いつも受付をしてくれている、フェロモンプンプンの女性が俺に笑顔を向ける。 「こんばんは。えっと…… 会員証……」  斜めに下げた通勤用の鞄を前に向け、この会の会員証を探すために手を入れる。 「…… あ、間違えた。これ、会社のIDカードだ」 「もぅ。桐島さんったら。大丈夫ですよ、桐島さんですもの。顔パス、顔パス」 「そう?ありがと。じゃあ、お言葉に甘えて」
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