物語は語り続けられる

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名も無き神の消滅から二週間が経った。 あれから世界樹が暴走する事は無く、ハルティアの意識も戻り何事もなく平和な日々が続いている。 まあ、そういう風に俺が語ったからそうなったんだけど。 俺の力は物語という一つのモノに縛りこそあれど、物語の範囲があまりにも広すぎるせいで縛りという感覚があまりない。 簡単に言ってしまえば今までとやれる事が大差ない。 『俺が語れば全て実現してしまう』 そんな権能を持っている。 何故名も無き神にすら通用してしまったのかと考えてみたが、きっと名も無き神も物語の一部だったからなのだろうと結論付ける事にした。 名も無き神はという物語の一部だったのだ。 だが疑問は残る。 語神なんて神は存在しない。 いくら俺らが物語に固執していようが存在しない神を創りあげる事なんて並大抵の事では不可能だ。 ハルティア曰く、手続きされていた筈の調律神の座が世界樹によって書き換えられたのではないか、と言っていた。 あの時の世界樹は俺が無理矢理暴走を抑えて力を封じ込めていたから何が起きるかわからない状態だったのは間違いない。 だがどの世界にもあるような世界樹がそんな事をできるのかと問われれば神様は不可能と答えるだろう。 実際、俺も不可能だと思う。 でもこうして俺は語神という神になってしまった。 あの時の世界樹は俺と一心同体みたいなものだったから消える際の世界樹なりの最後の足掻きだったのかもしれない。 世界樹の役目は良くも悪くも世界の安定だから、異物である名も無き神を駆除するにはそうするしかなかったのだろう。 そんな世界樹だが名も無き神を消した今、俺の中から離れて世界樹本体の方でハルティアと共に世界を見守っている。 俺の中はもう懲り懲りらしい。 そりゃそうだ、俺の中に居たら何が起きるかわかったもんじゃないからな。 でも少し寂しい。 「でもまあ、これが一番か…」 思考にふけりながら俺は紅茶を一口飲む。 今、俺の周りには誰もいない。 愛想尽かして出ていったとかそういう訳ではないのだが、兎に角俺の周りには誰もいない。 いわゆる世界の危機だった訳だが、それを知るのはごく一部の人間のみで俺たちの戦いは水面下のものでしかない。 俺らが必死こいて戦っている間も人類は平凡に穏やかに暮らしていたのだ。 ま、世界を救うのは水面下の方が良いよな。その方がなんかカッコイイし。 戦いに勝った。 物語もハッピーエンドだろう。 だが、トゥルーエンドではない。 何故か? そう、俺の存在である。 神様的には新たな神である俺を受け入れるムードだし問題はないのだが、それとは別の要因が俺を苦しめ続けている。 俺には何も無い。 俺は名も無き神が作り出した人形でしかなかった。 二週間経った今でも俺はずっとその言葉に縛られている。 アイツの残した呪いは俺の中にずっと残って悪夢となり毎晩うなされている状態だ。 それを気にしてなのか、意識を取り戻したサフィル達も何処かよそよそしい。 というか全員俺にたいして不発弾でも触るかのように妙に優しい。 まるで介護施設かのようだ。誰が老人だ。 …まあ、俺はアレ以来感情の起伏がほぼゼロになっているし突発的にあの時の記憶が蘇るし状態は最悪と言っても過言ではないだろう。 椎名美結曰く、心的外傷後ストレス障害…いわゆるPTSDらしい。 おいおい、神様がPTSDだってよ笑えねえな。
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