海賊の唄

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「太陽が出てきやしたぜ、船長」  まだ薄暗い朝の水平線は、少しグレーがかった水色で、色味も味気もない。  魚達は太陽を求めて水面に集まり、そこに海鳥が群れをなす。  太陽が水平線を黄色に染めていき、瞬く間に水平線の端から端へと伸びていく。  ふと聴こえてくる唄声。 「陽射しすら全て頂くぜ!誰にも止められねぇ!俺達は自由奔放な海の支配者、その名も……いてっ!」  ゴツっと鈍い音が、軽やかに唄う少年の頭にぶつかる。  涙目で頭を押さえ、うずくまる少年。  彼の声はどこまでも響くような透き通った声だ。  こんな声じゃ、水平線にまで届いていきそうだ。 「なにするんですか!船長!」 「船長じゃない。トルホーニだ」  私の名前はトルホーニ。トリーと呼ばれたり、トールと呼ばれたりするが、対した名ではない。それに船長ではない。  ただ航海士のいない船に、予備知識程度に航海術を知る私がいたから船長扱いされている。  海賊でもなければ、船乗りでもない。単なる旅に出ていた旅人の寄せ集め。  旅は道連れとはよく言ったもので、王都に向かう私の船は、当初三人だったにも関わらず、いまや十二人を乗せた箱詰め状態。 「お前の声はよく通る。だからこそ唄う曲を選べ。海賊と間違えられて捕まったらどうする?」 「捕まるたって、この水平線。俺達しかいませんよ」  そりゃそうだ。大西洋のど真ん中。  有り得ないほどに拓けた水平線には、文字通りなにもない。 「それでもだ。余計な言葉は使うな。言葉は使うほどに軽くなる」  私の信条だった。
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