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少年を説き伏せている間に太陽はその形をあらわにする。
長い説教は繰り返すほどに説得力をなくす。
軽くなるからだ。説教は短期決戦なのだ。
「ったく。海賊の唄なんか唄いやがって。海賊と出くわしちまったら、即、首をはねられるぞ」
地図を広げながら、風を読み、潮を把握して、太陽を見る。
風は船の動力源。潮は大海原で船の位置を教えてくれる。太陽は、時間を。そうして海を渡ってきた。
頭を抱えて、地図と格闘する私の横に、誰かが近寄ってくる。
「頭を抱える前に楽しく食事にしよう。それがいい。あとは潮に任せな。それが船乗りってもんさ」
髪を伸ばし後ろで結んでいる金髪の中年男性。髭が野暮ったく伸びていて、もとのイケメン顔にワイルドを足した男らしいコック。
残念ながらこの船に女性はいないので、イケメンの無駄遣いだが、気遣いはとても助かっている。
「いつも済まないな。ろくな食糧もないのに」
「ないところから捻り出すのが、一流のコックなのさ」
そう言った彼の手には、魚を一口大に捌いた身に、火を軽く通して、上からレモンとハチミツをかけたオシャレな小皿。
「いつもながら美味そうだな。どれ」
口の中に入れると溶けた油が爽やかなレモンと、甘く広がるハチミツに絡まり、舌も頬も震えるほどに喜んでいる。
「相変わらず絶品だな。あとは他の人に分けてくれ。フラン」
彼の名はフラン・フラン。王都へ修業に行く最中の料理人だが、既に一級品で、修業はいらない気がする。
彼の名は、親の遊び心で、上と下の名前が同じになっている。
「あいよ。あんまり根を詰めなさんなよ。船長」
「だから船長じゃないぞ」
はいはいと、手を振るフラン。
剽軽な頼りがいのある男だ。
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